これが私の生きる道?!

第一章 お笑いなんて、大嫌いっ!!⑹

 さて、この即席コンビが即席漫才をしている頃、瑠伊と奈々子の二人がいた控え室の左側の部屋にも人はいた。
 但し、部屋は真っ暗で明かりといえば、この人が持っているトランジスターラジオらしき物が発している光だけだ。
 当然、男か女かの性別も、この情況では分からない。
 しかし、ドアには控え室のはり紙もしていない、要するに今回は使わない部屋である。 ザザザ‥‥、ガァーーー‥‥ガガ。
 ジジジ、ザザザザ‥‥。
 ドアの向こう側では、こんな雑音に混じってこんな声も聞こえる。
『あー。申し訳ございません、えー、こちらと致しましては』
 ザザ、ザザ、ザザザ‥‥。
『えー、やだぁー。ヒロシ、変な悪戯しないでよぉー』
 ガガァーーー、ザザザ‥‥。
『ねぇー、御宅。いつになったら払ってくれるの? このままじゃ、ドンドンと借金、増えてもいいの!? 』
 という具合に、親指一つでチャンネルを変えていく。
 チャンネルか? 本当に。
 つい、突っ込みたくなるのもいいだろう。 それでは、聞いてみよう。
 今、チャンネルを変えた。
『あたい、これでもボランティアをよくするんよ。嘘! そんな人には見えへんな〜。なんでよ、月一回は必ず献血してるよ』
 二人の女性の声だ。
 一人は言い慣れていない関西弁。
 もう一人は、ハスキーボイスだ。
 操作している人物は、前者の声に覚えがあるらしい。
 無造作に動かすのを止めた。
「たまには、聞くのもいいな。こんな盗聴なら、賛成してくれるだろう」
 まさに自己満足したニュアンスで言い放った。
 何を言い放ったかといえば、ここでは一つしかない。
 『盗聴』。
 辞書で引けば丁寧に書いてある。

 とうちょう【盗聴】。
 こっそりと聞くこと。
 盗み聞きすること。

 普通、どんな国で住んでも、誰にも聞くこともない、御立派な犯罪行為である。
 だが、この人の言う事にも一理ある。
「人間、欲求の固まりさ。満たしたい時に満たさないとな」
 だから、誰も言えないのだ。
 この人の住んでいるアパートの住人は、特に経歴から変わった人達が多いから、
「いいんじゃないの」
 一言で片付く。
 怖い世の中になったものだ。
 しかし、この行為を毛嫌いしている人もいた。
 バァン!
 勢い良くドアが開けられ、真っ暗な部屋が一瞬に明るくなった。
 と同時に、
「コラァー! やっぱり、ここね」
 言い寄ってきた時には、トランジスターラジオを隠す隙も与えさせないように、しっかりと腕を掴んでいた。
「み、美歌!? 」
 もちろん、持ち主の姿も明らかになった。 眼鏡に不精髭、髪も切っていないから一つに束ねて紐で結うている男だ。
 もちろんのこと、服装もTシャツにジーズンとラフすぎる格好である。
 これでも赤鉛筆を耳に挟んでいたら、競馬場で予想している人のようだ。
 正直にいって、ダサイ。
 死語が当て嵌まる男だ。
 仮にも段ボールで家を作っている人なら頷けるが、職についてこれである。
 その職業は、
「ビクついて、どーすんのよ。次の仕事、何処に行けばいいのよ。マネージャー」
「あー、はいはい。次はですねぇー、凸凹スタジオでレコーディングですね」
 一応、芸能マネージャーである。
 美歌と呼ばれる女の子は、
「まったく。雑誌の取材が終わったから振り向けば、忽然と姿を晦ますんだもん。まさかと思って、このビルで使っていない部屋を一階から探したんだよ」
 世話のかかる人だと呆れ返っていた。
 しかし、彼女はこれでもまだ十五歳だ。
 普通は逆だろうと思うが、
「そしたら、予想通りの行動だったのね。やっぱり。最初の頃は誤魔化され続けたけど、今はもう誤魔化しきれないわよ。角田さん」
 美歌は角田に問い詰めた。
 三十半ばの角田は、笑うしかなかった。
 美歌はセミロングにブラウンのメッシュが疎らに染まっている髪を掻き分けた。
 そして、角田の腕を握っている手の力を更に強め、角田の手首を捻った。
「私、こーゆーこと嫌いなの。特に盗聴だなんて、大嫌いなの」
 表情は笑っているが、角田のもがき苦しんでいる惨めな姿が全てを物語っていた。
 それでもトランジスターラジオを放さないのは、
「俺の数少ない一時、たかが十五のガキに取られてたまるか」
 角田の価値少ないプライドが言わせる。
「ふん! その十五のガキに迷惑がかかっているのは、何処の誰よ! 」
 捻っている手首が紫に変わりかけた寸前で美歌は手を放したが、角田の手首にはくっきりと跡が残る格好となった。
「それに、マネージャーのくせに自分の担当のタレントのスケジュールさえも覚えてないじゃない!! この後は、ここでやっているお笑いライブで新曲発表を兼ねたキャンペーンライブをするんでしょう! 」
 美歌に睨まれた角田は、まさに蛇に睨まれた蛙であった。
 その蛇に徹底的に言われてしまった蛙のプライドの存在は無くなっていた。
 角田は一度は頭を傾げたが、常時持ち歩いている美歌のスケジュールで埋まっている手帳を捲り、
「そうでした‥‥」
「ほーら。しっかりしてよ、もう! 」
 その事実にマネージャーの自信まで失ってしまった。
 更に追い打ちをかけるかのように、美歌は畳み掛ける。
「それと角田さん、このトランジスターラジオ、しばらくの間は没収ね」
 素早く、取り上げた。
 角田は己の最大の楽しみを取られ、親に玩具を取り上げられた子供のように嘆願を試みたが、美歌はそんなに甘くはない。
 先程も言ったように美歌は、
「盗聴なんて暗くてやらしい趣味、しばらく出来ないようにしておくわね」
 盗聴という行為が大嫌いなのだ。
 美歌はトランジスターラジオを、そのまま通路の壁に叩きつけた。
 ガシャン!
 壁のコンクリートの粉も落ちたが、トランジスターラジオも見事に壊れた。
「ああ! せっかく、改造したのに」
 角田は、これまでの努力が水の泡となるのを見るしかなかった。
 まさに心境は、ムンクの叫びのような悲痛な思いがあるのだろうが、美歌は更に足で踏み付けてごみ箱に残骸に成り果てたトランジスターラジオを捨てた。
「これで、よし」
「ああああっ!! 」
 何かが壊れた角田の衿を掴み、
「さっ! 行くわよ、マネージャー」
 そのまま、二人は部屋を後にした。

これが私の生きる道?!

第一章 お笑いなんて、大嫌いっ!!⑸

 控え室に入るなり、奈々子は瑠伊に問い掛けた。
「瑠伊さんって、どうして東大に決めたんですか? 」
「え、なんでって」
 瑠伊は、奈々子から手渡された台本を読みながらメイクに取り掛かっていた。髪を結うている白のリボンをほどいたら腰まであるロングヘアーが姿を現す。そして、普段はコンプレックスを感じている眼鏡をつけ、メイクも嫌だけど厚化粧をする。
 これで、メイクは終了である。
 奈々子はその変貌ぶりにも驚くが、
「だって、将来はお笑い‥‥」
 言い掛けたところで、瑠伊は奈々子の口を押さえ込んだ。
 瑠伊は微笑んだまま、
「ナナちゃん。今日の私は、ただのピンチヒッターよ」
 と、言うだけ。
 すぐに押さえてた手を放した。
 奈々子にしてみれば、瑠伊も一太郎もやはり親子なんだなぁ〜と、怖いくらいに理解が出来たであろう。
 台本を読み切った瑠伊が言う。
「私、お笑いなんて大嫌い。今度もその話したら、スゴイ事になるから」
「は、はい‥‥」
 奈々子は、今度は自分の身の安全を最優先にした。
 後藤奈々子の教訓。
 ヘタに逆らわない方がいい。
 これに尽きるのである。
 奈々子は、慌てて話題を変えた。
「でも、東大はどうしてなんですか? 」
「あー、東大ね」
 瑠伊は真顔で聞く奈々子に、少し頬を赤く染めた。
 奈々子は不思議そうに、そんな瑠伊を見ていた。
「簡単に言っちゃうと、将来の為かな」
「将来? 」
 殺伐とした答えに、奈々子は首を傾げた。「将来、何かあるんですか? 」
 突っ込んだ質問に変わる。
 瑠伊は、見事に狼狽した。
 何も考えてもいなかったからだ。
 慌てて、
「ナナちゃん。例のこと、今日実行するけどイイ!? 」
 闇に葬り去るつもりで、話題を変えた。
 それも一太郎が聞いたら凄い話だ。
「それは別にいいですよ‥‥」
 間の悪い返事。
 続けて、
「ただ、いろんな意味で難しいですよ」
 と、後の責任は取らないような口調だ。
「いいの、いいの。とにかく、こんな生活から離れたいから。このまま家にいたら、お笑いタレントにされてしまうから」
 瑠伊にとっては、情況なんて全く関係なかった。
 奈々子は、呟いた。
「‥‥東大生の芸人って、話題性あるのにな」
 決して、瑠伊には言えない。
 もし言ってしまえば、瑠伊の制裁が来ることが分かっていたからだ。
「どうしたの? 」
「い、いいえ。楽しみだなぁ〜って」
 笑って、誤魔化した。

これが私の生きる道?!

第一章 お笑いなんて、大嫌いっ!!⑷

 刺したのは、一太郎だ。
「君、社長が大丈夫と言っているんだ。下手な芝居は打たないよ」
「は、はい」
 凄む一太郎に、泣きそうな女の子。
 しかし、女の子の表情が救世主が現われたかのように一変した。
 バン!!
 手の平が、コンクリートの壁に叩きつけられた。
 先程、一太郎が突き刺したバタフライナイフの真横に立ち、ポニーテールのした女の子がそれはそれは物凄い形相で一太郎を睨み付けていた。その睨み付け方は、怖いお兄さんでも素早く道を譲るほどの威力はある。とても救世主には見えないが、一太郎に凄まれている女の子にしてみれば救世主なのだろう。「瑠伊さん! 」
 女の子は涙ぐんだ顔で瑠伊に寄り添った。「あら、欠けてるコンビって、ナナちゃんだったの」
「よろしくお願いします、瑠伊さん! 」
 『ナナちゃん』こと、後藤奈々子は頭を下げた。
 実は瑠伊の幼なじみである。
 奈々子の夢の為に、瑠伊がある意味での説得をして一太郎の事務所に入れてやった芸人でもある。
 その夢は、実に普通。
『メジャーになって、家を建てる』
 売れてきた芸能人が一番最初にやる、親孝行のトップを飾る、お決まり行事だ。
 でも、確率は低い。
 宝くじで一等を当てるようなものだ。
 言い方のニュアンスを変えれば、奈々子のようになれるのだ。
 瑠伊は流石に断れなく、
「分かったわ」
 奈々子の頼みを聞き入れた。
 奈々子は落ち着いたかのように胸を撫で下ろした。

 そんな健気な奈々子に、瑠伊も微笑ましく見ていたが、その反対に瑠伊の表情が一変する。
 その矛先はもちろん、
「い、いつもより早かったじゃないか」
 少し怯えている一太郎である。
「携帯は壊さなかったの、瑠伊ちゃん」
 声も震えている。
「携帯なら壊れたわよ、誰かさんが受験勉強の邪魔をしてくれたお陰で」
 といいつつ、購入したての真新しい携帯を見せびらかす。
 瑠伊は一太郎に近付き、
「パパ。この不況の中、大事な芸人やタレントを脅すなって、私が何度言えば聞き入れてくれるのかしら? 」
 作り笑いで話すが、その声は既にこれから始まる大爆発の兆候である事を奈々子は知っている。証拠に叩きつけたコンクリートの壁に瑠伊の手の平が埋まっていた。
 多分、この会場が壊されるまで、永遠と語り継がれるだろう。
「そのために、一体、何人の芸人やタレントが逃げ出したのでしょうね!? 」
 一太郎の襟元を締め付けていた。
 締め付けられた瞬間、一太郎の顔は青くなっていた。
「瑠伊さん、瑠伊さん! 」
 慌てて奈々子が止めてなかったら、悲惨な殺人事件で三面記事を飾っていた。
 気絶しかけの一太郎を尻目に、
「パパ。今回限りで、もう金輪際、私を呼ばないで頂戴! 」
 名台詞になりつつある台詞を履き捨て、瑠伊は奈々子と一緒に控え室に入った。